未来の駅

【序章】未来の駅を洞察する

●街の中心であった「駅」

 駅の発展を振り返ってみると、もともとは「鉄道に乗るための場」であり、バスやタクシーなどその他の公共交通との結節点として発展してきました。それによって、駅は街のなかで最も人が集まる場所になりました。そして、そこに商業機能を付加することによって、生活者にとっては「移動のついでに買い物もできる場」へ価値が拡張がされました。当初は、あくまでも駅の付帯機能という位置づけでありましたが、近年においては「目的地へ行く移動のついで」ではなく、「わざわざ行く移動の目的地」として発展し、駅での商業ビジネスは鉄道事業者にとっては重要な収益源となりました。今では私鉄沿線においては「駅にショッピングセンターがある」のではなく「ショッピングセンターに駅がある」といっても過言ではない街も多く見受けられます。

 このように鉄道事業者は、暮らしにおける利便性と豊かさを提供する商業施設を駅に開発することによって、街の魅力を高め、居住者・来訪者をともに増加させてきました。これは鉄道事業者ならではの輸送・商業・不動産が一体化したビジネスモデルであり、その要諦は「街づくり」といえるでしょう。その結果、首都圏の沿線には日本全国から大量の転入者が流入し、駅前を中心とした生活文化が開花し、豊かな郊外に住み、電車に乗って都心の仕事場に通うライフスタイルが20世紀におけるスタンダードとなりました。

 

●「駅」をとりまく環境変化

 しかし、未来社会においても鉄道ビジネスと駅はこれまで通り生活の中心であり続けられるのでしょうか?未来の駅は、交通結節点、商業集積地、そして生活文化の中心としての座を守ることができるのでしょうか?

 これまで中心地として成立していた前提のひとつとしては、毎日通勤するという働き方がスタンダードであり、それによる大量の移動人口と高頻度の移動機会があったという点があります。しかしながら、少子高齢化によって、通勤が伴う現役世代の減少、つまり移動人口の減少がすでに顕在化しているのに加え、生活者の働くことに対する価値観の変化、それに伴うテレワークの普及等の働き方の変革によって、鉄道での移動頻度の減少も予測されます。つまり未来においては、これまでの「駅には毎日、大量の人がいる」といった前提が崩れる可能性があるといえます。

 またもうひとつの前提としては、駅を利用することが最も移動性が高かったため、人に会ったり、買い物をしたりなどの様々な用事を済ませるのに最も利便性が高かった点もありました。この点についても、SNSによるデジタルコミュニケーションおよびECの普及によって、既に揺らいでいるといえるでしょう。さらに、自動運転技術によるモビリティのパーソナル化と低コスト化の波が押し寄せることによって、生活者が移動の制約から解放され「最寄駅」といったことを無意味にしてしまう可能性があります。

 これらは総じて人口減少社会の到来に加え、技術イノベーションの大きな波が社会、生活者に変化をもたらしているためであり、駅がこのまま線形に発展することは困難であることを示しているといえます。

 

 

●「未来の駅」の研究について 

 そこで私たちは、かかる社会変化に備え未来の駅のあるべき姿を学術的方法に基づき洞察する必要があると考え、我々は「2035年の未来の駅研究プロジェクト」を立ち上げ、調査・研究を重ねてきました。本コラムにおいては、まずは第1期の研究「未来の駅と生活者の関係」を全5回に分けて報告していきます。vol.1では未来洞察の方法論、vol.2では未来の駅の姿に大きな影響を与える社会的、技術的なイシューを示します。続くvol.3では、未来の姿を3つの「社会変化シナリオ」を描き、そしてvol.4では、これらイシューとシナリオを掛け合わせ、生活者は未来の駅にどのような役割や機能を求めるのかについて考察します。その結論がvol.5での「未来の駅シナリオ」となります。

 尚、我々は本稿における未来を2035年に設定しました。2035年は団塊ジュニア世代が定年退職を迎える時期であり、日本社会全体にとって大きな変化の節目となることが予測されます。また、対象とする駅は都心のターミナル駅(新宿、渋谷など)を除いた通勤圏の駅を想定しています。

 以上のように焦点を絞って本コラムを展開していきます。

 

※本研究は、日本大学法学部臼井哲也教授との共同研究となります。

※日経広告研究所報301・302号に論文が掲載されています。

 

 【研究メンバー】

前列(左より):増田光一郎、臼井哲也教授、甲斐美由紀

後列(左より):立花徹也、田村高志、吉村寿垣