価値リノベーション研究

【vol.12】無駄が価値になる-便利は人を幸福にする?-

前回に引き続き、「価値リノベーション」(Renovation of Value)における「負」からの価値づくりを「無駄」の観点から、

「無駄」を生み出す「便利」が果たして「ひとを幸福にするのか?」という点について考えてみたいと思います。

 

●便利と幸福は比例しない?

 

 

私たちは、近年の技術(特にインフォメーション・テクノロジー:IT)の飛躍的な進化によって、「手間」といった生産性からみたら「無駄」な行為をしなくても済む環境にますます置かれていると言えるでしょう。また、次々に新技術が市場に投入されるあまり「便利」が当たり前となり、そのありがたみも麻痺しているとも感じます。

一方で、あまりにも「便利」なツールが増えているため、人間が失っているものは無いかという疑問を持つ人も少なくはないと思います。そこで、「便利」と「幸福」は比例しているのかをデータから見てみました。

日本人の「一人当たり実質GDP」と「生活満足度」の1960年以降の推移をみると、驚くことに、実質GDPが上がろうと、生活満足度はほぼ横ばいなのです。一般的には、モノが豊かになり「便利」になることは良いことであり、生活満足度・幸福度は上がるものと思われますが、実際には横ばいなのはなぜでしょうか?その原因を探るために、「幸福」について考察してみたいと思います。

 

●「幸福」とは何?

 

ポジティブ心理学の創設者であり、「ウェルビーイング理論」を唱えるアメリカの心理学者であるマーティン・セリグマン博士をご存知でしょうか。

この「ウェルビーイング」についてセリグマン(2014)は、その時々の気分を捉え人生の満足度の増大をはかるものではなく、「持続的幸福度(フラーリッシング)」の増大をはかるものであり、ウェルビーイングは五つの要素(PERMA)で構成されていると述べています。

 

【ウェルビーイングの五つの構成要素】

  • ポジティブ感情(P:Positive Emotion)

「快の人生」。楽しみ、歓喜、恍惚感、ぬくもり、心地よさなど、自分が「感じるもの」のこと。

  • エンゲージメント(E:Engagement)

「充実した人生」。「フロー」に関すること。フローとは、音楽との一体感や、時が止まる感覚や、無我夢中になる行為の最中での没我の感覚のこと。

  • 意味・意義(M:Meaning)

「有意義な人生」。人間はどうしても人生に意味や目的を欲しがるものであり、「有意義な人生」とは、自分よりも大きいと信じるものに属して、そこに仕えるという生き方。

  • 達成(A:Achievement)

「達成の人生」。多くの場合に自分がやっていることに没頭し、夢中になって快を求め、勝つとポジティブな感情を得る。

  • 関係性(R:relationships)

ポジティブなもので孤独なものは実に少ない。「他人」というのは、自分が人生のどん底にあるときには最高の防御手段となってくれるものであり、唯一頼れる存在。孤独というものが人をあまりにもどうしようもない状態に陥らせるため、関係性を求めることが人間のウェルビーイングにおける基本中の基本である。

(セリグマン2014、25-26頁・34-48頁)

 

●「便利」が「幸福」になる機会を奪っている?

そこで「便利」によって「ウェルビーイング」の機会が奪われているのではないかと考えてみました。

 

まずは「エンゲージメント」についてです。「便利」は、成果までの「過程」とそこにかける「手間」を省略することですが、それによって、夢中になる機会が失われているともいえないでしょうか。好きなモノを作ったり、好きなスポーツの練習をしたり、好きな作家の小説を読んだりしている時の、「あっという間」に時間が過ぎていたという感覚、余計なことを考える隙もなく充実した時間を過ごしたという感覚、これが「エンゲージメント」です。しかし、「便利」によって「手間」が省略されることによって、「没我」するフロー状態は、自らがわざわざ「手間」や「不便」といった「無駄」を選択しない限りは得ることが難しくなっているといえるでしょう。つまり、生活者の方があえて「手間」といった「無駄」を選択しない限りは、この「エンゲージメント」が得られにくいのが現代社会だと言えます。

 

次は「達成」とそれによる「ポジティブ感情」についてです。

例えば、山頂までに行く三つのパターンがあるとします。一つ目は、山の麓から頂まで一歩一歩踏みしめて登るパターン。二つ目は、中腹まで交通機関で行き、そこから自らの足で頂まで登るパターン。三つ目は、極端な例ですが、ドラえもんの「どこでもドア」で瞬時に頂まで行くパターン。果たして、どれが最も「ポジティブ感情」と「達成」を得ることができるでしょうか?答えは、もちろん一つ目のパターンでしょう。

なぜなら、「便利」によって「過程」とそこへの「手間」が省略されるため、その「ありがたみ」を感じることができないからです。そして「ポジティブ感情」「達成」が低くなるからです。

 

最後に「関係性」です。セリグマンは、これが人の「ウェルビーイング」、それによる「持続的幸福」の根幹としています。しかしながら、やはり「過程」とそこへの「手間」の省略によって、人と人とが協働関係を築く機会が減少しているといえるのです。

例えば、何かを実行するうえで障壁がある場合、どうしたら乗り越えられるかを調べるとします。大半の方は、まずはインターネットによる検索によって解をさがすでしょう。一方、インターネットが普及する以前は、本屋や図書館での探索や、それこそ友人・知人にアドバイスを求めていました。

ここでのポイントは、他者とのコミュニケーションとなります。この行為の最大の利点は、友人・知人とともにタスク解決について、一緒に考えるという「没我」を共有し、その「達成」を共に分かち合える「共創関係」であり、ともに喜びを分かち合う「共に幸福な関係」になれるということです。

ここにおいても「便利」が、「関係性」を得る機会を減らしているのです。

 

以上、「便利」が「ウェルビーイング」、それによる「持続的幸福」に与える影響を紹介しました。「便利」による「過程」とそこへの「手間」の省略によって、これらを享受できる機会が失われつつあることは理解して頂けたと思います。

一点ご注意して頂きたいのは、「便利」の全てが害ではないということです。「便利」は、今まで限られた人しか得られなかった成果が、知識・能力・時間による障壁が低くなり、誰しもが享受できる状態になることは、素晴らしい益です。

問題なのは、「便利」によって、その時々は充足される一方で、「ポジティブ感情」「エンゲージメント」「達成」「関係性」といった構成要素からなる「ウェルビーイング」、それによる「持続的幸福」を得る機会が減少するということです。

これを解決するためには、生活者が「手間」や「不便」といった「無駄」な行為を「あえて」選択することが必要になってきます。つまり、成果だけを求める点においては、「便利」によって格差は無くなる一方、「無駄」への意識をするかしないかで「ウェルビーイング」「持続的幸福」の格差は拡がるものと考えられます。言い換えると、あえて「無駄」を選択する人と、意識せずに「便利」だけを享受し続ける人では、「幸福な人生」に大きな差がつく恐れがあるのです。

次回は、京都大学の川上特定教授が研究をされている「不便益」について紹介いたします。

 

■参考文献

・セリグマン、M.(宇野カオリ監訳)(2014)『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福”から“持続的幸福”へ』ディスカヴァー・トゥエンティワン。

 

※本コラムでご紹介しきれない内容は以下の書籍で詳しくご紹介をしておりますので、是非お手に取ってみてください。