価値リノベーション研究

【Vol.8】歴史的ノスタルジアはどのように形成されるのか?

こんにちは。

これまでの過去6回のコラムで、レンズ付きフィルムの「写ルンです」が、なぜ若者のなかでブームになったのかについて焦点を当てた調査結果をご紹介してきました。

そのなかの主要なポイントの一つとして、「歴史的ノスタルジア感情」を取り上げましたが、今回はこれをもう少し深堀してみたいと思います。

 

●経験したことないモノ・コトへのノスタルジアへは有効である!

懐かしさ感情というと、一般的に想起されるのは、過去の個人的な経験に基づく懐古感情である「個人的ノスタルジア」ではないでしょうか?

一方で、経験したことのないモノ・コトへのノスタルジアを「歴史的ノスタルジア」(Vol.3参照)と言いました。

懐かしさ感情は、必ずしも当時を経験していなくても喚起するものであり、このことを知っていれば、古さを活かそうと考えたときのターゲットが広がることでしょう。つまり、懐かしさ感情を活用したマーケティングは、中高年層向けだけではなく、若者含め活用できる幅が広いのです。

若者のレトロブームは、まさにこの“経験していないのに懐かしい”という歴史的ノスタルジアがポイントであり、歴史的ノスタルジア感情が高まることで、製品への好意度向上、利用意図向上へとつながっていくことが示されました。

 

●歴史的ノスタルジア感情は、“意味記憶”により支えられる!

では、肝心の歴史的ノスタルジア感情ですが、どのように形成されるのでしょうか?

“記憶”の観点から「個人的ノスタルジア」と「歴史的ノスタルジア」の違いをみていきたいと思います。成城大学教授の牧野圭子氏は自身の書籍のなかで次のように述べています。

 

個人的ノスタルジアは、「エピソード記憶(自分自身に関する記憶)」に基づいて形成されるのに対し、歴史的ノスタルジアは、歴史に関する「意味記憶(外的な事象、言葉、概念に関する知識)」に基づいて形成されると考えられます。

(牧野2014、51ページ)

 

「エピソード記憶」と「意味記憶」というワードが出てきました。

エピソード記憶とは、自分がいつどこで、誰と経験したかという出来事の記憶です。自分自身の過去から現在までの自叙伝のような記憶があり、これを思い出すときには過去に戻って当時を再体験しているような感覚が起こるとされます。

一方で、意味記憶は、日常の経験の中で長い年月にわたって獲得された知識を指し、自己と結びついた特定の出来事は思い出されないとされます(楠見2014、6-7頁)。

 

京都大学教授の楠見孝氏(2014)はこのことを以下のように例示しています。

 

田舎の田園風景や大正・昭和初期や西武開拓時代の建物になつかしさを感じるときは、個人的経験ではなく、なつかしい風景や建物としての知識に基づいて、古き良きものへの憧れとしてのなつかしさを感じると考えられます。

これは、私たちが育った文化の中で、なつかしいものとして、テレビや本などを通して学習したものであり、同じ文化の人の中で共有されている社会・文化的記憶といえます。

(楠見2014、6-7ページ)

 

 

これまでのコラムで取り上げていた「写ルンです」の写真は、フィルム独特の柔らかい色味が特徴的でした。はっきりとした色味に仕上がるスマホやデジカメの写真とは一味違いますが、それが懐古感情を引き出していると考えられます。

冒頭の写真もフィルム写真のようななふんわりとした風合いですが、その場に行ったことがなくても、なんとなく懐かしいような気持ちを感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

これは、昔フィルムカメラを使用していたという個人的経験が無い若者であっても、昔の映像はそのようだったという“意味記憶”によって懐かしさ感情が支えられていると考えられるでしょう。

 

古いモノ・コトを、当時を経験していない人に対しアプローチする際には、意味記憶と捉えられるノスタルジアの要素があるのか見つめなおすことが有効ではないでしょうか。

古いモノ・コトは今は注目度が下がってしまった(価値が低くなった)と思われますが、古いからこそ喚起するノスタルジア感情を活かしていくという視点により、価値リノベーションが図られます。

古い商品は当事者のなかでは、もう話題にもあがらないかもしれませんが、自社で保有している眠ったままの資産を掘り起こしてみると、再び注目に値するものへと変化する兆しが見つかるかもしれません。

 

今回は、記憶の観点からノスタルジアを深堀いたしました。

次回も是非ご覧ください。

 

 

※本稿の一部は、「若者のレトロ商品における利用動機に関する研究 ─使い捨てフィルムカメラを対象としたノスタルジアと新奇性からの検討─」として、日本プロモーショナル・マーケティング学会の平成30年度研究助成を賜り実施した内容となり、学会賞に選出されました。

論文集『プロモーショナルマーケティング研究』Vol.12に掲載されております。
※本研究は、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員である水師 裕 さんとの共同研究となります。 

※参考文献

楠見孝(2014)「なつかしさの心理学-記憶と感情、その意義」楠見孝(編著)『なつかしさの心理学-思い出と感情』誠信書房。

牧野圭子(2014)「消費者行動研究からみたノスタルジア」楠見孝(編著)『なつかしさの心理学-思い出と感情』誠信書房。