価値リノベーション研究

【vol.1】価値リノベーション研究 ~「古い」に注目~

●価値リノベーションって?

現代は、モノが飽和状態にあると言われ、特に国内消費市場は、製品のコモディティ化、消費の成熟化、長期的なデフレ経済によって、新製品の導入や浸透が難しい状況が続いております。また、成熟した市場では、新技術・新製品の開発にも大きな資本が必要となり、今まで以上にその推進は難しくなっていると言えるでしょう。

そこで、新開発を推進するのではなく、今ある製品の価値を“リノベーション”し、大きなコストをかけることなく、持続的な製品ライフサイクルの形成を目指していく方法はないか、本稿では追求していきます。つまり、一見価値がなくなってしまったと思われるモノ・コトにおいて、価値の意味を捉えなおし、再起を図る方法論を説いていきます。

 

●「古い」が価値になる ~若者のレトロブーム~

一見価値がなくなっていると思われることについて、フォーカスしていきますが、今回は、「古い」に注目いたします。というのも、近年、若者の中でレトロブームが起こっており、今は廃れてしまっていたものが再起されている良い事例が多くあるからです。例えば、使い捨てカメラ「写ルンです」で写真を撮る若者や、「古民家カフェ」で昔ながらの建物の中でスイーツを食べる若者、1980年代「バブル」の雰囲気を楽しむ若者(登美丘高校ダンス部による『バブリーダンス』が印象的。)、また、若者向けにレトロをテーマにした商品展開もよく目にするようになりました。

 

従来、レトロ商品の多くは、その当時を経験していた人をターゲットとし、当時の懐かしさを再び感じさせることによって、再購買を狙ったものが主流でありました。例えば、当時のお菓子パッケージや、ゲーム機の復刻などです。しかしながら、上記のような若者の中のレトロブームは、当時の経験がないにも関わらず(つまり、過去の思い出に浸るわけでなく)、ポジティブ感情や購買意欲が喚起されていることがポイントです。つまり、時代に即さなくなり、価値が薄れてしまった「古い」モノコトが、若者の中で意味が捉えなおされ、価値のリノベーションが起こっていると考えられます。

 

●2つのノスタルジア感情 ~経験だけがノスタルジアではない~

「古い」が新たな価値となる構造を明らかとするため、まずは古いことにおける感情研究を整理します。昔のことに対する懐かしさ感情は「ノスタルジア感情」と呼ばれますが、堀内(2007)によると「過去に思いを馳せるときに生じる肯定的感情経験全般」と定義されます。まずは、このノスタルジア感情について、既存の研究を整理することで、「古い」の価値リノベーション構造を探る糸口を見つけていきたいと思います。

 

ノスタルジア感情には、研究者によって様々な視点から、複数の種類が存在していると言われています。その中で最も基本的で代表的と言える分類として、Stern(1992)による2分類があります。Stern(1992)は、広告においてのノスタルジアを分析することで、「個人的ノスタルジア(personal nostalgia)」と「歴史的ノスタルジア(historical nostalgia)」に分類できるとしました。前者は、個人的な出来事の記憶に基づき、自分自身の過去における心地よい部分から生じる懐古感情であり、後者は、記憶がないにも関わらず、自分自身が生まれる以前の古き良き時代の歴史的物事や人物に対して生じる懐古感情となります。Stern(1992)は、歴史的ノスタルジアを喚起する広告については、自身がよく知らない人物や状況に対して想像力をはたらかせることができるような広告表現にすることが必要であると指摘しています。

 

●若者のレトロブームをノスタルジア分類から紐解く

近年のレトロブームを2つのノスタルジア感情で捉えて整理をしてみます。冒頭記した通り、従来におけるレトロ商品のターゲットは、当時を経験した人でしたが、近年では、当時を経験していないはずの若者の中でブームが起きています。自分が過去に経験していた思い出によって喚起される懐かしさ感情は、基本的には「個人的ノスタルジア(personal nostalgia)」に相当します。では、若者の場合はどうでしょう。当時を経験しておらず、商品に対する思い出がないはずです。にも関わらず、もしなにかしらの懐かしさを感じているのであれば、それは「歴史的ノスタルジア(historical nostalgia)」に相当すると考えられます。

 

マーケティングにおいては、人為的に“懐かしさを造り出し”売り出すような手法がとられることがあります。例えば、昔からあった商品ではないが、「懐かしい味」を打ち出したり、商品パッケージにレトロな風合いを出したりした商品があります。これらは、大きくは歴史的ノスタルジア感情を刺激していると言えるでしょう。当時を知らない若者がレトロ商品を好む理由の一つとして歴史的ノスタルジア感情が挙げられるのではないでしょうか。

 

次回、この歴史的ノスタルジア感情を主軸に取り入れながら、「古い」の価値リノベーション構造として、具体的に、レンズ付きフィルム「写ルンです」を対象とすることで、より深堀をした構造把握に試みます。

 

 

※参考論文

堀内圭子(2007) 「消費者のノスタルジア」『成城文藝』Vol.201, 179-198.

Stern, Barbara B. (1992), “Historical and personal nostalgia in advertising text: The fin de siècle effect,” Journal of Advertising, Vol.21, No.4, 11-22.

 

※本稿の一部は、「若者のレトロ商品における利用動機に関する研究 ─使い捨てフィルムカメラを対象としたノスタルジアと新奇性からの検討─」として、日本プロモーショナル・マーケティング学会の平成30年度研究助成を受けて実施した内容となり、論文集『プロモーショナルマーケティング研究』Vol.12に掲載されております。