価値リノベーション研究

【Vol.6】「写ルンです」利用までのプロセスって?

一般的には、ネガティブな状態にある「古い」ということですが、今、若者を中心にその価値認識に変化が起き、レトロブームになっています。

本コラムでは、その代表商品として「写ルンです」を扱っておりますが、これまでの記事で、若者が「写ルンです」を使用するキーとなる感情として「歴史的ノスタルジア感情」と「新奇性」を挙げました。

さらに前回の記事では、「写ルンです」使用によって、楽しさなど瞬間的に発生する快楽感情である「感情的価値」と、自己表現など自分にとっての意味づけである「象徴的価値」が生じていることを指摘しました。

 

さて、Vol.6となりましたが、今回は、これまでに検討してきた要素が「写ルンです」への態度(好意度)や利用意図などに対してどのように影響をしているのか、その関係性を理解するために、共分散構造分析という分析手法を用い、若者が「写ルンです」を利用するまでのプロセスの可視化を試みます。

 

共分散構造分析とは…

観測データの背後にある、様々な要因の因果関係を分析する統計手法ですが、ノスタルジア感情や新奇性のように数値として直接観測できない概念も含まれ(構成概念)、楕円で囲んでいるものが該当します。

矢印の意味合いですが、片方向の矢印は予測・説明の関係を表しており、矢印上の数値は、関係性の大きさを示します(パス係数)。双方向の矢印は相関関係(一方の値が変化すれば、他方の値も変化する関係性)となり、数値はその大きさを示します(相関係数)。

プラスとマイナスの符号については、影響の方向性を示し、プラスであれば、「一方が高まれば、もう一方も高まる」といった同方向、マイナスであれば、「一方が高まれば、もう一方は低くなる」といった逆方向の関係であることを示します。

 ※参考文献:小松誠(2017)「旅の始まり」豊田秀樹(編著)『共分散構造分析 [Amos編]-構造方程式モデリング―』東京図書。

 

下図は、「写ルンです」を利用するまでのプロセスを表す、共分散構造分析の結果になります。

ここで、「実行負荷」という言葉が出ていておりますが、これは、「写ルンです」は、デジカメやスマートフォンと比べて機能が少ないということに鑑み、「写ルンです」で撮った写真をSNSにアップする行為に対して、労力がかかるなどの負荷の感覚がどのように影響するのかを併せて検討いたしました。

 

 

 

結果を読み取っていきましょう。

まず、「歴史的ノスタルジア」は感情的価値と象徴的価値にプラスの影響を与えているということを示しています。

つまり、「写ルンです」で撮影した写真に対して、懐かしさを感じる人ほど、それをSNSに投稿することが楽しいと思ったり(感情的価値の高まり)、自分らしさを表現できると感じたり(象徴的価値の高まり)しているということです。

 

続いて、「新奇性」についても同様に感情的価値と象徴的価値にプラスの影響を与えていることを示しています。

つまり、SNSに投稿する写真を撮る手段として「写ルンです」を使用することの目新しさを感じる人は、普段と違った楽しさを味わっており、また、一般的ではない手法を用いることで、他の人との違いの演出や自己表現に繋がっていると言えるでしょう。

 

「実行負荷」の認識は、感情的価値と象徴的価値にマイナスの影響を及ぼしております。

この結果は、「写ルンです」で撮った写真をSNSに投稿する行為に、単に「面倒だ」「労力がかかる」などといった負荷の感覚を持つ人ほど、この行為に対する感情的価値や象徴的価値を下げてしまうということを意味しています。

 

また、感情的価値および象徴的価値から製品態度(製品への好意度)への影響はプラスにはたらいており、その先の利用意図やクチコミ意向に繋がっています。

これは、感情的価値や象徴的価値が高まれば(楽しいと思ったり、自分らしさを表現できると感じれば)、「写ルンです」に対する好意的な態度が形成され、それにより、「写ルンです」を今後も使用したいと思ったり、良い商品であるということをクチコミしたりするようになるということを意味しています。

 

以上をまとめますと、単純に実行負荷が高い(すなわち単に機能性が劣る)商品という認識だけでは利用意図まで至りませんが、このような商品であっても、歴史的ノスタルジアと新奇性の二つを喚起できれば、醸成される体験価値を通して、製品態度、利用意図、クチコミ意向を向上させることが可能であるということが言えるでしょう。

 

また、歴史的ノスタルジアと新奇性が体験価値に与える影響度を比較すると、新奇性の方が大きくなっています(矢印上の数値の大きさを比較)。

つまり、SNSに投稿するための写真を撮るにあたっては、普段はスマートフォン等で簡便に行っている中で、「写ルンです」を使用することの目新しさが、特に体験価値を創出しやすいことが示されます。

 

歴史的ノスタルジアと新奇性の相関関係についても触れておきましょう。

両者にプラスの相関関係があり(相関係数 0.484)、写真に対する懐かしさを強く感じることと、その写真をSNSに投稿することに対して目新しさを感じることに相関関係があることを意味します。ノスタルジアと新奇性は相反するようにもみられますが、写真に対して古さを感じれば感じるほど、ギャップがあるがゆえに、それがSNSという現代の使用方法にマッチしたときに感じる新鮮さが強く喚起されていると言えるのではないでしょうか。

 

以上、今回は、共分散構造分析という手法を用いて、若者の「写ルンです」利用意図にまでのプロセスを可視化しました。

「写ルンです」が流行していた当時を知らない若者であっても、個人の経験に依らない懐かしさ感情が喚起され、利用に影響を及ぼしていることが確認されたことは、レトロマーケティングのターゲットとして、当時を経験した中高年層以外にも、若者に対しても効果的ということが示されたと言えるでしょう。

新奇性という点においては、「普通だったら〇〇を使うが、古いモノを現代の使用方法に適応させるとこのようになるのか」といった目新しさであり、今回対象とした行動は「SNSに投稿する」ということでした。現代の若者にとっては主流な行動であり、このように、ターゲットとしたい消費者と親和性の高い行動(今回はSNS)の中で、新奇性が示せると、注目を受けやすいと考えられます。

つまり、機能性に劣る古いレトロ商品を若者向けに訴求するプロモーション施策を講じる際には、単に過去のレトロ商品をそのまま提供するのではなく、若者と親和性の高い行動の中で、新奇性を感じられる使用方法とともに提供することが効果的なのではないでしょうか。

 

次回は、これらのプロセスに個人差要因はあるのか?ということについて、検討してまいりたいと思います。

是非ご覧ください。

 

※調査概要については【Vol.3】の記事をご参照ください。

※本稿の一部は、「若者のレトロ商品における利用動機に関する研究 ─使い捨てフィルムカメラを対象としたノスタルジアと新奇性からの検討─」として、日本プロモーショナル・マーケティング学会の平成30年度研究助成を賜り実施した内容となり、学会賞に選出されました。

論文集『プロモーショナルマーケティング研究』Vol.12に掲載されております。
※本研究は、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員である水師 裕 さんとの共同研究となります。