価値リノベーション研究

【Vol.5】「写ルンです」がもたらす体験価値って?

若者の中で「写ルンです」が人気となっているのはなぜか?について検討しています。

前回前々回の記事で、そのキーとなる感情として「歴史的ノスタルジア感情」と「新奇性」を挙げました。

詳しくは過去の記事をご覧いただければと思いますが、「歴史的ノスタルジア感情」とは、記憶がないにも関わらず、自分自身が生まれる以前の古き良き時代の歴史的物事や人物に対して生じる懐古感情のことで、「写ルンです」を知らない世代の若者でも懐かしさを感じていました。

「新奇性」は「SNSに投稿する写真を撮る」という目的に照らした際の目新しさのことで、現代はスマートフォンで高画質の写真が手軽に撮影できることと比較しても、わざわざ「写ルンです」で写真を撮ることには新鮮さを感じていました。

 

では、「写ルンです」の使用はどのような効用(体験価値)をもたらしているのでしょうか?

今回はここに注目して、もう少し深堀をしていきましょう。

 

さて、ノスタルジア感情を起点に捉えていますが、ここで、ノスタルジア感情が消費者行動研究の枠組みで検討されるまでの流れを見てみましょう。堀内(2007)によると、大きく「消費の意味研究」と「快楽消費研究」の流れがあったと指摘されます。

1970年代では、消費者行動を問題解決行動や情報処理として説明する立場が主流であり、消費者は、問題解決のための最適解を得るために、様々な商品情報を処理し、統合していくという考え方に基づいていました。しかし、これでは説明しにくい消費者行動があるというアンチ・テーゼとしての見解が、Holbrook & Hirschman(1982)によって示されたのです。それは選択・購買後の消費経験が大事だという考え方、特に、スポーツ観戦、映画、音楽鑑賞などは従来の情報処理に基づく消費者行動では説明しきれないと主張されました。消費経験を解明するためには、その商品が消費者にとってどのような意味を持つのかを明らかにする必要があり、また、消費経験を通じて得られる快楽感情について調べる必要があるという考えのもと、「消費の意味研究」と「快楽消費研究」が唱えられたのです。これらのような消費者行動を捉える範囲の広がりに伴い、同じく消費者の感情に目を向けているノスタルジア研究も促進されることとなったのです。

 

このように、合理性だけが消費行動を説明するのではないという流れを汲み、ここでは、消費にまつわる体験価値として、大きく「感情的価値」と「象徴的価値」の2つで捉えていきます。

感情的価値は、「快楽消費研究」を領域として、ここでは「楽しさ」など瞬間的に発生する快楽感情を指し、象徴的価値は、「消費の意味研究」を領域として、ここでは「自己表現」など自分にとっての意味づけとします。

 

「感情的価値」と「象徴的価値」の測定は、Keller(1998)が唱えるブランド・フィーリングを参考とします。ブランド・フィーリングとは、ブランドに対する感情的反応のことであり、(1)温かさ、(2)楽しさ、(3)興奮、(4)安心感、(5)社会的承認、(6)自尊心の6つのタイプがあり、(1)~(3)は経験によってその場で生じる感情であるとされます。以上のタイプごとに測定項目を作成し、「写ルンです」で撮影した写真をSNSに投稿したことがある20代以下男女600名に対し、SNSにアップする写真を撮るために「写ルンです」を使うことについて、あなたはどのように感じますか?という質問をしました。

 

代表的な項目の回答結果を下記図に示します。

感情的価値として「楽しい気分になれる」、象徴的価値として「他の人と違う自分を見せることができる」について、約半数が、そう思うと回答していることが分かります。

 

 

スマートフォンなどと比べ、機能的に見れば、古くて劣っているともいえる「写ルンです」ですが、感情的価値や象徴的価値といった体験価値の喚起により、利用に繋がっている可能性が見えてきました。

合理性だけを考えると利用に際して選ばれないはずですが、Holbrook & Hirschman(1982)の示すように、合理性だけが購買行動を説明するわけではないということに、「写ルンです」は当てはまっているようです。

 

次回は、「写ルンです」にまつわるこれまでの要素を構造化して、「古い」の“価値リノベーション”の構造を明らかにしていきます。

ぜひご覧ください。

 

※調査概要については【Vol.3】の記事をご参照ください。

※本稿の一部は、「若者のレトロ商品における利用動機に関する研究 ─使い捨てフィルムカメラを対象としたノスタルジアと新奇性からの検討─」として、日本プロモーショナル・マーケティング学会の平成30年度研究助成を賜り実施した内容となり、学会賞に選出されました。

論文集『プロモーショナルマーケティング研究』Vol.12に掲載されております。
※本研究は、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員である水師 裕 さんとの共同研究となります。 

※参考論文

堀内圭子(2007) 「消費者のノスタルジア」『成城文藝』Vol.201, 179-198.

Holbrook, Morris B. & Hirschman, Elizabeth C. (1982), “The Experiential Aspects of Consumption : Consumer Fantasies, Feelings, and Fun,” Journal of Consumer Research, Vol.9, 132−140.Holbrook, Morris B. & Hirschman, Elizabeth C. (1982), “The Experiential Aspects of Consumption : Consumer Fantasies, Feelings, and Fun,” Journal of Consumer Research, Vol.9, 132−140.

Keller, Kevin Lane (1998),Strategic Brand Management.,恩藏直人訳(2010).『戦略的ブランド・マネジメント 第3版』東急エージェンシー, 81-83.