未来の駅

【With/AfterコロナにおけるNew Normal #1】臼井教授に聞く、新たな「学び方・学ぶ場」とは?

今回は、「未来洞察」の連載を中断し、特別企画として本研究のアドバイザーである日本大学法学部の臼井哲也教授にWith/Afterコロナでの「学び」「働く」「買う」「遊ぶ」といった分野におけるNew Normal(新しいあたりまえ)についてお聞きしました。本稿では、まず「学び方・学ぶ場」について紹介いたします。

 

プロフィール

日本大学法学部 臼井哲也(うすいてつや)教授

専門は国際マーケティング論。1971年兵庫県生まれ。高校卒業後に渡米し,米国ジョージア南大学経営学部を卒業。帰国後に起業,その後小田急エージェンシー勤務を経て,明治大学大学院商学研究科博士前期課程・後期課程を修了する。桜美林大学専任講師,日本大学法学部専任講師,准教授を経て,2016年より現職。多国籍企業学会会長,国際ビジネス研究学会理事。現在はビジネスモデルの国際化における諸課題を研究テーマとしている。

 

取材・文=田村高志

※取材は6月1日にリモートにて実施いたしました。

 

●コロナ禍での現場の状況、学び方と学ぶ場の変化

 

「求められたオンライン授業への対応と適合」

 

田村: 現在の教育現場の状況はいかがでしょうか?まずは、大学側の対応についてお聞かせください、

 

臼井先生: 私は勤務している大学でオンライン授業の責任者を担当している立場上、様々な情報に触れる機会があります。3月25日の都知事の会見を契機として首都圏の大学では、「学生の健康を第一に」という考え方のもと、全面的にオンライン授業への移行を迅速に決定しました。入校はしない、授業は対面で行わないということです。

しかしオンライン授業へ全面的に移行するには教員間のITスキルが一定ではないという課題がありました。大学組織には専任教員以外にも数多くの非常勤の先生方にもご協力いただいておりますので、それこそ対面での説明会の実施が制限されている中で、一夜城を建てるが如く、学生諸君の学習環境を十分に担保し、かつすべての教員が実施可能なオンライン授業の制度設計が求められました。結果、多くの大学で、ライブ方式、オンデマンド(動画配信)方式、場合によっては音声や資料だけの教材も認め、授業を開始することになりました。スピードと実施可能性(持続可能性)、そして教育の質を高次元で同時達成することがミッションでしたね。もちろん、今後は継続的な改善が鍵を握ります。

 

田村: 学生のみなさんの様子はいかがでしょうか?

 

臼井先生:  6月現在において学生諸君はオンライン授業に慣れてきた一方、結構疲れていると思います。いろいろな授業形式が混在している状況のなかで、課題もたくさんあり、学習計画を自分でつくって主体的に学んでいくのに苦労していると思います。私にも高校生の息子がいますが、親の立場で考えても、早く登校を再開し、日々のルーティンに戻ってほしいですね。学生自身も友達に会いたいので学校へ行きたいと思います。学生はキャンパスで仲間と共に勉強したいという思いがあります。しかし緊急事態宣言解除後も、3密を回避するために詳細なガイドラインが大学には課されており、対面授業へ戻そうにも課題が山積です。

 

田村: 具体的にどのような対応を求められているのですか?

 

臼井先生: たとえば、キャンパス内に入校するすべての学生個人の健康状態を検温等によって把握すること、滞在時間に制限を設けること、教室で十分な間隔をあけて着席させることなどが挙げられますね。しかしたとえ、キャンパス内で管理を徹底しても、一度キャンパスで友人に会えば、学生は帰宅途中にキャンパス外で友達と遊びたいですよね。それは制限できませんし、かわいそうです。このように学生諸君の安全確保とクラスターの発生を防ぐ観点から、止む無くオンライン授業の継続を選択しているのが各大学における実情だと思います。

このような中であっても現場の状況判断で少しずつ対面授業へ戻す動きもあります。たとえば、理系の実験では対面授業は不可欠ですので、少人数しか集まらないことを条件に、クラスター対策を十分に行い、対面授業へ戻しつつあります。しかし文系の大教室授業ではまだ難しいですね。図書館は、人数制限による時間帯ごとの入れ替え制で開館しています。このように、日常のキャンパスの風景に戻るにはもう少し時間がかかると思います。

 

「オンライン授業によって柔軟な学びが可能に、一方で共有する学びが不可能に」

 

田村: オンラインでの授業の良い点、悪い点についてお聞かせください。

 

臼井先生: 良い点は、学生がオンラインで情報を入手して課題に取り組むことができるので、学習時間を十分かつ柔軟に確保できることだと思います。対面授業の教室内ですと自分のペースで学習が組み立てにくいですね。とくにオンデマンドの動画配信方式ですと、途中で動画を止めて、他の資料や教科書を確認してから自分のペースで進めることができますね。ただし問題もあります。教員間でどういう課題(宿題)を学生へ出しているか十分に調整ができていないので、場合によっては課題の量が想定よりも多大となり、学生が苦労している場合があります。これについては、オンライン授業が一巡した段階で、教員間で調整が必要だと考えています。

また、多くの学生は、キャンパスで友達同士と同じ空間を共有して勉強をしたいという気持ちがありますが、これには十分に対応できないのはオンライン授業の課題(欠点)ですね。先生と会うとか、教室内で学生同士で議論するとか、ゼミの仲間と図書館で勉強をするという活動に学生は飢えていると思います。

 

田村:  現在は、すべてオンラインでの授業ということで、学生のみなさんは在宅だと思いますが、with/afterコロナにおける通学といった移動の変化についての先生の見立てを教えてください。

 

臼井先生: まず通学に関しては、アフターコロナには従来のオフライン(対面授業)に戻していくと思いますので、通学量はほとんど変わらないと思います。将来的に文科省の方針で一斉にオンライン授業が一般化される可能性もゼロではありませんが、日本の教育界ではなかなか大きな変革は起こりにくいですね。

 

● 学び方、学ぶ場の変化シナリオ

 

「学ぶ場の選択肢が拡がる社会へ」

 

田村: 半ば強制的に先生と学生がオンラインでの学びをともに経験し、それぞれ新たな気づきがあったと思います。これからの「学び方」「学ぶ場」の変化について、どのようなシナリオが考えられるかをお聞かせください。

 

臼井先生: 「選択肢が広がる」ということでしょう。アフターコロナの教育においては、対面授業を基本としながらも、オンラインの利点もうまく活かしながら、まさにITを駆使した学びのデザインが、各大学においても、各教員・学生においても必要になってくると思います。

オンライン授業においてよく言われていることが、いいコンテンツ、いい授業が、低コストで不特定多数に発信することができますので、大学のコストは下がっていくという見方です。MOOCやCourseraの取り組みが有名ですね。極端なことを言えば、大教室のレクチャーでは、マーケティングを教えるのはひとりいればいいのです。世界でひとり、レクチャー方式でマーケティングを教えるのがとてもうまい教員がいて、その教員の動画を世界中の学生が視聴すればいい。YouTubeではかなりの精度の字幕も出せますね。授業内の課題に取り組む場合には、各大学のチューターや大学院生のような先輩が学生一人一人をサポートすればいいですね。

このような、アフターコロナにおける大学教育のグローバル化シナリオについて、海外の研究仲間と議論する機会が増えました。そこでの話題は、競争力のないコンテンツは市場で淘汰されるという見通しです。すでに日本でも大学予備校ではそうなっていますよね。レクチャーはあのかたちになるのではないかと。市場メカニズムがある程度効くことによって、教育の質が高まるのであれば、学生にとっては望ましいことだと思います。しかし、一方でゼミナールや演習科目のような少人数のハンズオン教育には、これまで以上に時間とコストをかけるべきですね。オンラインのレクチャーでは効率を求め、ゼミナールでは深く掘っていく。これが理想の形なのかもしれません。MOOCやCourseraでもコース修了者の割合が数%で低迷していることが問題になっています。オンラインでの自主学習だけでは限界があるということです(もちろん難易度にもよりますが)。オンラインレクチャー+ハンズオンの組み合わせには可能性がありますね。

日本では、学校教育法がありますので、高校も含めてこの教育改革の推進は政府と文科省の方針が鍵を握りますが、大学も現場から積極的に提案していくことが必要でしょう。

 

田村: 今までも、受講したいコマ数分だけ授業料を払う聴講生制度がありますが、それがオンラインによって、場と時間に制約されず安価で受講できれば、大学の新たなビジネスとして拡張できるのではと思ったのですが。

 

臼井先生: それは十分に可能性がありますが、単位取得には、ルール整備が必要だと思います。聴講目的の場合、学費の支払いの問題、成績評価などにはしっかりとしたルールが必要ですね。一方で、大前研一さんのBBT大学(ビジネス・ブレークスルー大学)のような教育ベンチャーがさらに大学教育への参入が加速する可能性がありますね。

もうひとつは、世界ランキングの高い海外の有名大学が、オンラインだけで完結するプログラムを組んできて、留学しなくても、低コストで日本に居ながらにしながら受講できるということも十分に考えられます。今まではアメリカの大学に行くとなると授業料だけで年間数百万円はかかりますが、それが100万、200万円くらいでできる、というプログラムが登場すると思います。超一流校ではありませんが、すでに米国や英国の大学がオンライン大学院を運営しています。

 

「大学教育も市場メカニズムが働く世界へ」

 

田村: 大学もそうですが、教える側も淘汰される時代がくると思ったのですが。

 

臼井先生: 淘汰という言葉が適切かどう変わりませんが、競争は必要でしょうね。市場メカニズムが十分に働いていないのが大学教育の世界ですから、市場メカニズムを働かせてより良いサービスにしていくことが今後重要になると思います。それには、文科省と大学がともに手を取り合って未来の子供達のために新たな制度づくりを本気で考えて、絵を描かないといけない時期に来ていると思います。日本国全体での議論にしていかないと。文科省と大学組織が一致団結して共にに努力していかないといけない。

日本の規制産業の場合、これまでも外圧によって変革を起こすケースが多かったと思いますが、海外の大学が、これまで以上に日本の優秀な学生を取り込んでいく流れが加速すると、日本の大学も重い腰を上げるようになると思います。そのときに、「時すでに遅し」とならなければいいのですが・・・。いま既に東大に行かずにハーバードへという流れがありますからね。ここでひとつ紹介したいのは、米国のミネルヴァ大学です。これは、オンラインだけで、いろいろな都市をまわりながら4年間過ごし、卒業できる新しい大学です。2014年創立のこの大学は、ハーバードより難関といわれています。世界中から優秀な人が集まっています。教育の中身は十分に理解していませんが、コンセプトは優れていますね。このように、海外ではすでに新しい大学のビジネスモデルが登場しています。優秀な学生が日本の大学に行かなくなるという状況がいよいよ顕著になるとき、日本も急に舵を切るのではないかと考えます。

 

田村: 先ほど、少し話がありましたが、ベンチャー企業が大学、教育的な分野に参入してくるという可能性があるなかで、企業が学びの場を作っていける時代になってきたというイメージでとらえていいですか?

 

臼井先生: 民間企業が、制度をうまく活用して大学を設立できるのであれば、参入者は増えてくると思います。先ほど紹介したBBT大学(ビジネス・ブレークスルー大学)にしても、デジタルハリウッド大学にしても、新規参入のおもしろい大学ができましたが、様々な苦労があると聞いています。それは、運営側の、企業側の努力が足りないというよりは、収容定員などの規制が独自の成長を阻んでいる可能性のほうが高いと思います。今の流れとしては、オンラインで様々な可能性が広がったことにより、海外の大学のグローバル化がさらに加速してくる、それによって、日本の大学の学びが変化していくだろう、というシナリオがあると思います。

 

田村: 生活者にとっては選択が広がるということですね。

 

臼井先生: その通りです。コロナ禍によって、フィジカルに国境は越えられないけれど、デジタルで国境を越えていくということは当たり前になってきていると感じます。ミネルヴァ大学はその先端ですね。

 

「機会格差は是正されるが、意欲による知識格差が拡がる社会へ」

 

田村: 学費もオンラインのほうが抑えられますか?

 

臼井先生: 有名な先生のレクチャーをウェビナーで1万人が受けられるようになると、1人あたりのコストは絶対的に低下しますよね。それとは別に、5人の学生に1人、大学院生のチューターがつく。あとはグループワークで、学生同士が自分たちでオンラインで議論する。この形式ではコストは格段に安く、質の高い授業、教育サービスを提供できるインフラを整えることができると思います。繰り返しになりますが、ゼミナールや演習科目をセットにすることが肝です。ミネルヴァ大学も世界各地で寮生活をし、フィールドワークがあるようです。教員によるハンズオンも大切です。このような大学教育の新しいしくみが、アフターコロナで加速する可能性が高いと私は考えています。

 

田村:経済的な理由で、今まで質の高い教育が受けられなかった意識の高い人はそういう選択ができるという世界が出来てくると。

 

臼井先生:その通りです。アメリカの有名大学は、単位ごとですが、世界中の恵まれない人たちに対してほぼ無料でオンライン授業を提供しています。先に紹介したMOOCやCourseraの取り組みが有名ですね。しかしまだ大学単位では全部オンラインで完結できるプログラムが少なく、また自主学習だけでは限界があるため、卒業には渡米が必要ですが、恵まれない学生にはそのお金がない。これがオンライン完結型の課題ですね。またセキュリティの問題も同時に議論が進むと思います。オンラインの世界では、試験を替え玉で受ける不正行為も横行しており、リスクはありますが、低コストの魅力は大きいですね。

 

田村: 一方で、経済的要因での教育格差が薄まる一方、意識が高い人と低い人での格差も広がっていく世界もイメージできました。

 

臼井先生: それもその通りですね。地球上のあらゆる人に学びの選択肢が広がると、ますます学ぶ側の主体性が問われるようになるでしょう。本当の意味での格差社会が、金銭ではなく、知識による格差社会が加速するのではないかと思っています。そのなかで大事になるのは、多様性ですね。多様性を認める寛容さが必要だと思います。「この知識はマストハブ(必要不可欠)」「共通言語としての英語と統計学は必須」など、ベースとなるスキルはある程度、グローバルで標準化(共有化)が必要ですが、それ以外の知識については、多様なものがあり、多様な専門家がいる。そうなると、本来の意味で専門性を磨いていくプロを育てることができるようになるのでしょうね。

 

●リアルな学ぶ場の価値とは?

 

「学びにおいては、同じ空間での協働は不可欠」

 

田村: 先生とご一緒に「未来の駅」研究を通じて、リアルの場の価値ってなんだろうという議論をこの数年してきました。今回のコロナ禍によって、先生が改めて気づかれたリアルな学びの場の価値についてお聞かせください。

 

臼井先生: 授業がオンラインで完結するミネルヴァ大学のコンセプトとして「世界7都市をキャンパスにする」というのがあります。いろいろな国の都市を転々としながら学ばなければならないので、どこか一カ所に、自分の自宅に居ながらではない。リアルの場に行って、そこでプロジェクトに参画しないと単位はもらえず、もちろん卒業はできない。クラスルームがないだけで、ひとつのキャンパスに集まるのではなくて、学びの場を柔軟に変更しながら、地域の方々とまさにハンズオンで関わっていく。質の高い学びを得るためには、オンラインだけでは限界があり、リアルな場で地域の人たちと関わることが不可欠なのです。学生側もオンラインで全部こつこつやっていくだけでは苦痛ですし、他者とリアルな場で協働しながらプロジェクトを進めていく学びを求めていると思います。この方が人間らしいですね。

 

田村: その通りですね。同じ空間で、ひとつのことを集団で頭と体を使って没頭する共創体験は、リアルならではですし、人間ならではですよね。「学び」については以上としまして、次に「働き方」「働く場」についてお聞きしたいと思います。

 

以上、臼井先生に教育現場の実態からWith/Afterコロナにおける「学び」の変化シナリオについてお聞きしました。次号においては、「働き方」「働く場」についてのインタビューをご紹介します。