未来の駅

【第2章】未来に向けて今から準備すべき課題「5つの未来イシュー」とは?(後編)

本研究において、駅が抱える未来イシュー(※)は、①人口減少・少子高齢化 ②モビリティ ③消費 ④コミュニティ ⑤価値観の5分野としました。前章では①~③について論じました。本章では残りの④~⑤を選定した理由と予測される事象について論じていきます。

※「未来イシュー」とは未来洞察を行うときの、いわば主語の役割を果たすものものであり、「何の未来シナリオをつくるのか」にあたります。(鷲田、2016)詳しくは、第1章をご参照してください。

 

【未来イシュー④:コミュニティ】

未来社会において重要性が高まると予測されているのが「人と人のつながり」です。①「人口減少・少子高齢化」で指摘したように、単身者の増加と「孤立」の社会課題化により、つながりを実現するコミュニティの重要性が高まると考えられます。近年、街ではバルの人気が高まっていますが、その主たる客層は現役世代単身者です。彼らにとってバルは飲食目的というよりもむしろ交流を目的とした帰属先であり、サードプレイスといえるでしょう。アメリカの社会学者であるレイ・オルデンバーグ(2013)によると、サードプレイスは「インフォーマルな公共活動の中核的環境」であり、その要件は「中立性」「平等性」「会話」「利便性」「常連」「秘匿性」「遊び心」「もう一つのわが家」「ぬくもり」であると論じています。バルは、自由に出入りができ、行けば知り合いに会え、職業や社会的地位とは無関係の平等な関係において多様な出会いと交流が実現する場であり、喜び・快活さ・気晴らしを享受できる場といえるでしょう。そして、単身者が増加する社会においては、このようなつながる場(=コミュニティ)の重要性はさらに高まると考えられます。駅商業施設は、つながる場としての潜在性をもちます。駅消費研究センター(2013)の研究によると、駅に集まる消費者は、「人や社会とのつながりを求める」心理を内在しており、買物功利の価値以上に、社会性を場の価値として感じていると論じています。いわば、駅ビルに居場所を求めているといえるでしょう。未来の駅はつながりの帰属先としての新たな価値を提供できる可能性を持っていると考えられます。

<参考文献>

・レイ・オルデンバーグ(2013)『サードプレイス』みすず書房。

・加藤肇・深井基弘・中里栄悠・松本阿礼(2013)『エキシュマー・インサイト』17. 2013 SUMMER,駅消費研究センター。

 

【未来イシュー⑤:価値観】

消費者をとりまく環境の急速な変化は、生活者の「価値観」へ影響を与えるでしょう。急速な変化の流れに対して、まるでバランスをとるかのように重視される対極的な価値観の台頭が予測されます。たとえば、かつて一斉を風靡した使い捨てカメラの「写るんです」がデジタルネイティブ世代に人気を博しています。また、商店街や古いコミュニティが健在する北千住のような東京の下町にも人気が集まっています。これをアナログ回帰現象といえるでしょう。慶応大学で幸福学を研究されている前野教授(2013)によると生活者はテクノロジーの進歩とそれに基づく豊かさだけでは幸せにはなれないと論じています。教授の調査によれば、人々の幸せ(生活満足度)と一人当たりの実質GDPの関係には強い結びつきが確認できないとあります。つまり、高度成長期だろうとオイルショックだろうとバブル期だろうと人々の幸せはあまり変わっていないというということです。デンマークの建築家であるヤン・ゲール(2014)によるとこれからの街は人びとが歩き、立ち止まり、座り、眺め、聞き、話すのに適した条件を備えていなければならないと論じています。これを踏まえると、高度なデジタル社会となる未来においては、生身の人間やリアルな体験への回帰に対する価値観が重視されていくと予測されます。緩やかで柔軟なつながりを通じた穏やかな人付き合いは、直接関わり、面と向かって交流することで生まれます(アラン 1928)。未来の駅は、人間回帰・リアル回帰を嘱望する生活者へ新たな価値を提供する場として期待されると考えられます。

<参考文献>

・前野隆司(2013)『幸せのメカニズム:実践・幸福学入門』講談社現代新書

・ヤン・ゲール(2014)『人間の街:公共空間のデザイン』鹿島出版会。

・笹根由恵(2016)『今度こそ読み通せる名著 アランの「幸福論」』ウェッジ。

 

第2章「未来イシュー」は以上となります。ここまでは、予測できる事象について論じてきました。

次章では、いよいよ未来を洞察した「社会変化シナリオ」について論じていきます。

 

※本研究は、日本大学法学部臼井哲也教授との共同研究となります。

※日経広告研究所報301・302号に論文が掲載されています。