価値リノベーション研究

【vol.10】負からのマーケティング

これまで、若者のレトロブームに焦点をあて、一見価値が低くなってしまったように思われる「古さ」が再び価値あるものとして意味転換されていることについて、そのメカニズムを紹介していきました。

本コラムからは、「古さ」だけではなく、もっと幅広い事象について考えていきたいと思います。

 

●「負」の事象に着目する

現在の日本は、経済の衰退や社会の劣化、自然災害の多発、疫病の蔓延など「負」が常態化しており、マーケティングの現場でも「負」の事象が溢れているかと思います。さらに2020年には新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が拡大、経済活動自粛を余儀なくされており、ますます日本社会は劣化が進んでいるといえるでしょう。

マーケティングの現場では、何かと威勢の良いポジティブな物言いが好まれますが、現代社会の状態を踏まえると、「負」からスタートするマーケティングについて考えていくことが必要なのではないでしょうか。

 

ここで、本コラムで提唱している「価値リノベーション」(Renovation of Value)の意味合いを改めてお伝えしておきましょう。

これは、私どもの造語でありますが、マーケティング活動によって、「負」の事象が顧客や社会にとって価値あるものに意味転換されること、と定義しています。元々「リノベーション」という言葉には、古くなったり、壊れて使えなくなったり、時代に合わなくなったりといった「負」の状態にある建築物を「現在の価値」もしくは「未来の価値」に変換する、という意味合いがあります。「価値リノベーション」では、建築物だけではなく、より広く世の中の「負」の事象が本来持っている意味構造をマーケティングによって「価値」あるものに変換できる、と考えます。

 

「リノベーション・オブ・バリュー」の書籍では、「負」の事象として、具体的に「古さ」「無駄」「無」「コンプレックス」「黒歴史」という5つの事柄が価値あるものに意味転換される事例をご紹介しております。

現代の消費社会では、「古さ」よりも「新しさ」、「無駄」よりも「便利」、「無」よりも「有る」、「コンプレックス」よりも「強み」、「黒歴史」よりも「輝かしい歴史」の方がポジティブなものとして注目されているでしょう。前者の事象は、ネガティブなもの(=負)と捉えられ、ともすれば、なるべく目を向けないように…と考える方も多いかもしれません。しかしながら、現代社会では「負」の事象が多く溢れています。

「価値リノベーション」という考え方は、こうした「負」の事象に意識的にフォーカスし、「負」の事象を一段深くみることで、そこから生み出される「価値への意味転換の可能性」が無数にある、という認識の可能性、発想力の可能性に注目しています。「負」であるからこそ、その「負」の意味を肯定的に捉えるからこそ、独自の価値にリノベーションできる機会が存在すると考えています。

 

●価値リノベーションのモデル

では、価値リノベーションは、どのように達成されていくのでしょうか。

以下の図は、価値がリノベーションされるモデルを図示したものです。

このモデルでは、事業者サイドとユーザーサイド(顧客や社会など)との相互作用によって価値がリノベーションされる、と考えます。事業者サイドとユーザーサイドそれぞれの認識がリノベーションされることによって、お互いにそれを「伝達」し「解釈」し合うなかで、もともと「負」であった事象に基づいて、「既存の価値認識」が更新されつづけるのです。

事業者サイドから「認識のリノベーション」がはじまる場合もあれば、逆にユーザーサイドから「認識のリノベーション」がはじまる場合もあるでしょう。結果として、両者の共創によって、価値リノベーションは駆動していきます。

 

 

 

では、次回からは、「無駄」という「負」の事象にフォーカスし、「不便」や「手間」といった普通はネガティブに捉えられてしまっていることを楽しむという消費行動の一部をご紹介していきたいと思います。

 

本コラムでご紹介しきれない内容は以下の書籍で詳しくご紹介をしておりますので、是非お手に取ってみてください。

 

 

※本研究は、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員である水師 裕 さんとの共同研究となります。