未来の駅

【第3章】未来の社会変化シナリオを描く

前章である第2章では、駅が抱える未来イシュー(※1)について紹介してきました。

次に本章では、スキャニング手法(※2)で抽出したスキャニングマテリアルで見出した可能性を読み取り(帰納的推論)、2035年の未来社会を想定して描いた3つの社会変化シナリオを紹介いたします。

 

※1.「未来イシュー」とは未来洞察を行うときの、いわば主語の役割を果たすものものであり、「何の未来シナリオをつくるのか」にあたります。

<参考文献>鷲田祐一編(2016)「未来洞察のための思考法ーシナリオにおける問題解決ー」勁草書房

※2.「スキャニング手法」とは、1970年代に米国スタンフォード・リサーチ・インスティチュート(SRI)が開発した手法。詳細は第1章を参照。

 

【社会変化シナリオ①:バリアブル・モーメント・ライフ】

100年ライフ時代の到来に伴い、終身雇用モデルが崩れ、働き方や余暇の過ごし方がより柔軟な形へと見直されます。それは、「仕事は月から金曜、休日は土日」といった固定的な考えは姿を消し、曜日・時間・場所はより可変的となり、仕事とプライベートがモザイク化して個々人の活動が多様化した社会です。また、テクノロジーの進化に伴い、モノ・コト・情報の取得が高効率化され、個人裁量によって即時に最適な選択が可能な社会へとなります。

さらにモビリティの発達によって移動の利便性が向上し遠出も容易になり、生活者はその時々の気分で職場や住居地に囚われない場所や地域での活動も可能となることでしょう。このような社会において、生活者は、生き方を生涯や人生といったアイデンティティ的に捉えるのではなく、「瞬間(モーメント)」的な欲望・欲求を満たす生き方へ可変させていくこととなります。つまり、生活者はあらゆる可能性を瞬時に選択しながら、自分にとって最も効率的で、かつ効果的な生き方を楽しむようになります。だからこそ、瞬間、瞬間を捉えたモーメントへの刺激こそが、仕事や遊びの原動力となります。このように未来の生活者にとっては選択のモーメントの価値が高まるため、モーメントを捉えた刺激の与え方を巡る企業間競争が繰り広げられることとなるでしょう。そして、広告においてもこのようなモーメントへ刺激を与え、消費行動に結びつける手法の開発が求められることとなります。つまり、デジタル、リアル(店頭販促、接客、SP等)の双方において、いかにして生活者の瞬間を捉えて心を動かすことができるのかが鍵となるのです。

 

【社会変化シナリオ②:想定内社会におけるドラマチック消費】

社会は集団から個の時代へと変化します。あらゆる情報がデータとして活用されパーソナライズ化が進み、テクノロジーの発達も手伝って生活者の活動は高効率化されていきます。それによって趣味・嗜好に対してレコメンドされた情報は生活者に安定と余裕を与え、日々の生活はすべて失敗のない、想定内で構成された無機質なものになっていくことでしょう。こうして、高度に予測可能な社会、隙のない社会が形成されます。

しかし、生活者は時に、このような安定とは逆に、時間やお金を使って「あえて」五感を刺激するような体験を求めようとします。それは予測可能な社会だからこそ、日常ではめったに経験できないものに対して価値を見出そうとする行為です。つまり、消費の原動力は想定外のドラマ性となり、安定の中にある意外性(感情を揺り動かすもの)を生活者は期待するようになります。

こうした「ドラマチック消費」は、生活者の飽くなき好奇心に支えられ、常に想定外のドラマ性のある商品やサービスを創り出していきます。未来のAI普及社会においては、計算では導きだすことのできない高いクリエイティビティが競争優位の源泉となり、広告においても、想定内社会を前提としつつ、生活者のもつそれぞれのコンテクストに寄り添うドラマ性の演出が鍵となるのです。

 

【社会変化シナリオ③:アメーバ・コミュニティ】

テレワークやテクノロジーの普及により、働き方はプロジェクト単位で柔軟になり、生活面では時間と手間が省かれて効率化が加速していきます。更に生活者のモノへの所有欲は減退して、あらゆる分野でシェアリングも加速していくでしょう。

効率化の一方で、人と人のリアルなつながりへの憧憬から目的に応じたゆるやかなコミュニティが求められるようになります。趣味・仕事・地域等で多種多様なコミュニティが形成され、生活者はそれらを適宜選択しながらゆるやかな関係を楽しみます。それは、固定的なコミュニティではなく、柔軟でゆるやかなつながり、つまり「アメーバ・コミュニティ」なのです。

進化したテクノロジーは、コミュニティの参加者の属性や評価などの情報に基づき、その時々の自分に最適なコミュニティをレコメンドしてくれます。それによって、高度経済成長とともに失われてきたご近所付き合いや互助活動が再度活発となり、生活者はモノによる豊かさではなく、緩やかなつながりを通じた豊かな感情による価値を求めるようになります。未来のコミュニティは決して煩わしさに縛られるものではなく、「ゆるく」「その時々で」つながるものであり、生活者に心の豊かさと程よいふれあいの機会を提供します。広告においては、このゆるやかで柔軟なつながりへの欲求を理解したうえで、生活者をきめ細かく支援するコミュニケーションが求められることでしょう。

 

以上、3つの社会変化シナリオを紹介いたしました。次回は、これを5つの「未来イシュー」を掛け合わせ導出した未来の駅が持つべき新たな機能と役割を紹介いたします。